れとると、または精神分析のこと
心・精神
「何がどう変わってきたのか分からない。でも辛かったことも変わるんだ、それを感じることができた。だから生きていてよかった」。愛する人の痛ましい事故に苦しみ続けたある人の週4回の精神分析療法、数年目のことばです。突然襲うおぞましい記憶や悪夢に全く動けず「死ぬのを待つため」に生きる日々。治療は、ただ苦痛の消去に専念しないため回り道と感じるかもしれません。
しかし、さまざまな困難を乗り越えながら、彼女は語り、沈黙し、時に罵倒し、泣く。私はそれに耳を傾け、ふたりで今ここの情緒経験の総体と真実をことばで掬いとる、これが精神分析療法の手札の全てです。小説家なだいなだは、この面接室を小説で「れとると」と呼びました。症状に焦点を当てる過程も必要です。しかし、こころの火に熱せられ起きる変化、それこそがこころに奥から真の変化をもたらすことを精神分析家は肌で感じています。
(2019年11月執筆)